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◆◇◆

 何度も床に向けて砲撃するインテグラ。それはそれは楽しそうで、おれも射撃や砲撃を扱えるようになればこいつみたいになるのかもしれないと思うと気分が沈む。この体、王冠によれば適性がそっち方面らしいから不安も増すというものだ。
 大音とそれに伴うビルの振動とを間近で叩きつけられて思考がほとんど停止している間に、インテグラは満足したらしい、一息ついてデバイスの形態を元の杖に戻す。
「さて、おれはちょっと遊んでくるが、コロナは……いや、もういいや。興味もなくなったことだし、どこへなりとも行っておしまい」
「なんかおまえ、テンションおかしくないか?」
「いやあ、もう楽しみで楽しみで。娯楽の少ない人生だから」
「おまえストレスなんてなさそうだけどなあ……」
「バカ言え。おれなんて寝ても覚めてもストレス感じていたりする。もう、こう、我慢できずにウオー! とかアッー! とか叫び出したくなる感じで。まったく。無駄なことは知るものじゃないな、本当に」
 言いつつ、インテグラは自分で作った吹き抜けの穴を覗き込む。つられておれも覗き込むが、遠近感が狂いそうな高さに腰が引けた。
「あ、そうだ。おまえ、局に保護してもらうときにフェイトの居場所がわかったら、おれに教えてくれ」
 インテグラが提案した。
「内通しろってことか? バレたら怒られるじゃ済まないだろ。捕まってしまえ犯罪者」
「目の前で人を殺したのがそんなに気に入らないのか?」
「……いや、別に。親分さんには世話になったし、おれではおまえを止められないのがよくわかったのは気に入らないけど。どちらかといえば、いま思い出させられたことの方が気に入らないぐらいだ」
「そう! それだ! その開き直りというか他人への無関心というか!」なぜかエキサイトするインテグラ。「おれもそれと全く同じものを、初めて人を殺した時に感じたわけだ! ほら、どうだ? 気持ち悪いだろ、自分とそっくりさんがいるなんて」
「いや、おまえが気持ち悪いのはわかっているから……って、待て、おい、それは」
 自分でも把握できない過程を経て、情報の連結が脳内で起きる。いわゆる閃き。まったく関係ないもの同士がつながる思考の跳躍。追って訪れた驚愕が、その熱量で以て脳を焼こうと暴れまわる。
 目の前が真っ白になる。ふらついたおれの背を、インテグラの手が支えた。
 やや時間をかけて、おれはようやく言葉を絞り出した。
「つまり、―――そういうことなのか? 趣味の殺人っていうのは。だからおれはおまえが気持ち悪くて、それを外から見ていた王冠も―――」
 その質問をした瞬間、インテグラの顔に壮絶な、三日月みたいな鋭い笑みが浮かぶ。それを見て、おれの足は一歩引いていた。
「そうだな……」もう真顔に戻っていた。「強いていうなら害虫退治というか。いると知ったら退治せずにはいられない、存在を知ってしまえば安心して眠れない。ほら、ゴキブリみたいなものだろ? それともおまえ、タンスの裏にヤツらが逃げ込むのを見て、平気で眠れるタイプ?」
「無理だ。……それにしても、だったらおれは危なかったってことか。どうやらギリギリ違う……のか? ハズレだった、とか言ってたよな?」
「いつもよりムカムカが小さかったから、どちらか迷っていたんだが。どうも最近、第二世代みたいなの生まれてきているようなんだ。で、そっちはおれのターゲットじゃない。もともとわかりにくいのに、余計に見分けがつきにくくなったというか、本当にメーワクな話だよなあ。でもまあ、一度ハズレ認定したらどうあっても見逃すのがマイルールだから、心配しなくていい。で、おまえは実のところアタリなのか? それとも本当にハズレ? 何期まで"見た"んだ?」
 非常にクリティカルな問いかけ。これほどのものが来たのは初めてだったが、焦らず迷わず正直に答える。
「JS事件終結までだ」
「へえ……よかった。実はいま語ったマイルールは真っ赤なウソなのだ。それに、第二世代が存在することの確証がとれた。今後の狩りもいくらか楽になる」
「おいおい……」
 思わず呆れてしまう。危なかった。
 そんなおれに、インテグラは最後とばかりに言葉を続ける。
「本当のマイルールは二つあってだな。一つ、仕事の時以外は無関係の人間を殺さないこと。二つ、魔法少女アニメの話でアタリかハズレかを見分けようとしないこと。これがないと殺しすぎていけない」
「ペナルティは? ルールを破ったときの」
「前者は素直に捕まる。後者は、それがアタリだったとしても見逃す」
 ということは、おれはアタリでも生き延びられたわけだ。つい今しがた、件の魔法少女アニメについての話題を振られたばかりなのだから。
「ゴキブリが顔を這いまわる可能性を我慢する、と。なんだ、意外だな。殺しが好きってわけでもないのか。それに、親分さんを手にかけたのは」
「察しがいい。これでモリモリ局員を殺せるぞー!」
 前言撤回。やっぱり最悪の殺人鬼だった。
「頭が痛くなってきた。あと気持ちが悪くなってきた」
「頭が悪い、気持ちが痛い、じゃなくてよかったじゃないか。さて、それじゃあ今度こそ本当に行くが」
「はいよ。あまり頑張らないように。あとできれば捕まってくれ」
「そう言わずに、活躍を期待していてほしい」
 とうっ、と掛声あげて、インテグラは穴へと飛び込んで消えた。
 無論、やつの言う活躍とは殺人である。親分さんの死をいまさらどうこう言ったりはしないが、正直、殺しはどうかとも思う。しかし無力な幼女では釘を刺すくらいのことしかできないのであった。
 この時のおれは、無力であることをその程度のことであるとしか考えていなかった。いや、それよりもようやく見えてきた真実に、何も考えられなくなっていたと言うべきだろうか。



 インテグラとの別れを済ませ、部屋は静かになった。台風の被害を俯瞰できるのは台風が去った後だ。それと同じで、ようやくおれは自分がひどく落ち込んでいることに気がついた。それを咎めるように、あるいは慰めるように口を開いたのは王冠だった。
「コロナ?」
「……結局おまえ、最後まであいつと喋らなかったな。まあ、外から見ていればたしかに気持ち悪かったかもしれないけど」
「ようやくわかったのか。このマヌケ」
 相変わらず口の悪い王冠。最近のおれはインテグラと共にいる時間が長かったせいで、こいつはめっきり口数が少なくなっていた。その分、一言に込められる濃度が上がっているらしい。それでも、短くない期間をずっと共に過ごした毒舌が救いだといえば救いだった。
 ……しかし、こいつ。最初からすべてを知っていたわけか。
「おい、王冠。どうして黙っていた?」
「言ってもいいことなかったからだよ。おまえ、"元の世界"とやらに戻りたいなんて一言もいわなかっただろ。それに、どこまで行っても結局は仮説だ」
「だよなあ。この世界の技術についてもおれは詳しくないし、どこまで可能なのかはわからない。これは専門家に話を聞く必要がありそうだ」
 それが希望となるか絶望の確定となるかはまた別だが。
「そのためにも、まずは生き残らないと。ほら、安全な経路を算出したからさっさと行こう」
 王冠の指示に従い、部屋を出た。そして進む。右へ、左へ。インテグラによる内部の破壊によって、綺麗だった廊下は悲惨なことになっていた。
 壁は砕け、コンクリートの灰色がむき出しに。砕けた蛍光灯が床に散らばり、歩くたびに足の裏は凸凹を感じ取る。
 時折聞こえてくる衝撃音や破砕音。そこらで戦闘が散発的に起きているようだ。遭遇したとき、反射的に殴られないか少しだけ心配だった。
「ん……こっちの道、ちょっと危なそうだ。コロナ、さっきの分かれ道まで戻って」
 素直に従う。
「そう、この道を反対側に進めば少しは安全だと思う」
「わかった」
 そちらに踏み込んだ直後、大きな振動が再び起きる。立ち続けることすら難しく、壁に手をついてどうにか体を支える。パラパラと天井から降ってくるのは、軋んで砕けたコンクリートの破片。そして、揺れが収まる前に天井が崩れて、おれの上に降ってきた。
「おい、どこが安全―――」
「――――」
 反応はない。する時間がなかったのか、それとも―――
 意識を取り戻したのは数秒後だったのかもしれないし、数時間後だったのかもしれない。
 最初に感じたのは、背中に当たった冷たさと固さ、そして鈍い痛みだった。騎士甲冑のおかげで、もうずいぶんと縁がなかった感覚だ。
 まぶたを開き、体を起こす前に首と目を動かす。やはり甲冑は解除され、全裸だった。騎士甲冑に頼りすぎて私服を持たなかったことの弊害だった。
 それから周囲を、やはり首だけ動かして見まわす。背中と床との間にはさんだ髪が引っ張られ、少し痛い。これはなにも体を起こすのが億劫だったからではなく、単に起こすことができないだけ。
 そう。命だけは助かったらしいが、しかしそれを手放しに喜べる状況ではないようである。
「これ、天井か……?」
 眼前三十センチの距離に見覚えのある模様があれば、誰だって驚く。
 どうやらおれは、崩れた瓦礫の下にできた小さな空間に、奇跡的に閉じ込められたらしい。手足が無事なのが逆に不気味なくらいなのだが、いまはこの小さな体に感謝だ。
 さて、どうするか。とりあえず、王冠とコンタクトを取りたい。
「おーい、王冠? いるなら返事しろ」
「いるよ」
 頭の上から声。特に緊張感もなく、平静な口調。それでいて騎士甲冑が解除されているということは、
「おまえ、どこか壊れたのか?」
「……まあ、似たようなものだけど」
「騎士甲冑、無理か?」
「無理といえば無理」
 どうにも要領を得ない発言が不思議だった。
「どういう意味だ? いや、その前に現状の説明をしてくれ。どうなっている? 救助は来そうか?」
「救助はそのうち来るだろうね。現在、この場所は非常に微妙なバランスの上に成り立った安全地帯だ。次、誰かがビルを揺らせば、おまえは圧死かな」
「……おい、それマズくないか? 聖王の鎧は発動しないのか?」
「どうだろう。あれ、基本的に本人の意思とは別に発動する、いわば反射行動に近いスキルだから。圧し掛かってきた一瞬だけは無事でも、徐々に潰されていくかもよ? そうでなくとも、魔力が絞りつくされたら自然に消滅して、おまえはペシャンコ。時間との勝負。運の良し悪し。ほとんど賭けだね。で、最初の質問、どういう意味かっていうのについてだけど、私が甲冑を展開したくないから無理だって意味」
「はぁ……?」
 意味がわからず思わず出た疑問の声に、王冠はいつも通りの、憎まれ口を叩きあうときの口調で、告げた。
「だから、賭けだって言っただろ? 私にとっては千載一遇の、おまえが死ぬかどうかの賭けなんだよ。すべて失うか、一番欲しいものを手に入れるかの博打だ。そして残念ながら、私にとって一番欲しいものはおまえじゃない。まあ、おまえが生き延びて私が賭けに負けた時は、好きにしていい。その権利はあるよ、おまえには」
「ちょっと待て。じゃあおまえ、この状況も計算通りだってことか?」
「いや。本当ならこんな空間なんてできずに、今ごろおまえは死んでいた。そういう意味では、既に私は一度負けているんだけど、お互い運がいい。賭け―――勝負は続行だ」
 それきり王冠は口を閉ざした。考えてみれば、ここまでの応答も王冠には何のメリットもなかったはずなのだが、最後の義理ということか。まったく、主人思いの素晴らしいデバイスだ。
 それからの時間の流れは、生物の進化のように遅々として進まなかった。
 頭の中で時間を数える。
 一分が、異常に長い。
 五分は、一日に匹敵する。
 ならば十分は、一めぐりする季節だった。
 落ち着けと念ずるほど、呼吸が思考が乱れていく。それをごまかすために声をあげる。
「おーい、おうかんタン、返事してくれよー」
「…………」
「だんまりかよー」
「…………」
「おまえの一番欲しいものってなんだよー」
「…………」
 返事はない。仕方がないので、心の裡に意識を戻す。
 インテグラから情報を引き出すのは諦め、管理局に行こうと決めた途端に、欲しかった情報はすべて入ってきた。喜びこそしても、嘆くのは間違いだろう。それはいい。
 おれが"この世界"に存在する理由についても、どういうわけか、それほど衝撃は大きくなかった。もしかすると、最初から理解していたのかもしれないし、あるいはおれがそういうことにショックを受けないようにできていただけなのかもしれない。
 何にせよ、それが大したダメージにならなかったことは確かだった。
 それよりも、そんなことよりも、王冠の裏切りの方がよほど堪えた。いや、裏切りの前提は信頼だから、裏切りとすら呼べないのかもしれない。なぜなら、おれが王冠に抱いていたのは、信頼ではなく甘えという感情だったのだから。
 相手の思考に対する楽観的な期待。甘えの正体は、これだ。
 今日までの王冠との付き合いは、表面上のそれを徹底してきた。いつか知ろう、ボロを出すのを待とう。そう考えて、王冠は何かを隠しているけれどもおれに対しては好意的なのだと勝手に考えて、そしてこのザマだ。
 デバイスがなければ、この場で役立つ魔法の一つも使えない。
 無力な幼女。
 何やら無性に笑えてきた。
 殺人を止める力がない? 思い上がりもいいところだ。
 無力とはつまり、自分の身さえ守れないということなのだ。
 インテグラを相手にしていた時にしても、やつがその気にならなかったから、おれは死ななかった。そして、おれはその環境に満足し、与えられる課題を淡々とこなす形の努力しかしていない。自分から力を求めたことなど、一度もなかった。
「ああ、無力って惨めだなあ……」
 やがて、火の手が上がった。
 充満する煙に、意識が途切れた。


◆◇◆

 フェイトが要請に応じビルに突入してから十五分。ティアナからの連絡が途切れた、と通信が入った。連絡の途絶えた時間、位置から考えて、ほぼ同時刻に発生が観測された結界に閉じ込められているのだろう、との分析も伝えられた。これにより、フェイトは一時的に少女とインテグラ・イイオトコの捜索を中止、ティアナの救助に向かうことになる。
 当然、フェイト以外にも陸戦魔導師の面々が援軍として向かっているはずだが、陸戦AAランクを保持するティアナの足止めに成功する術者だ、油断できる相手ではないし、大勢でかかるに越したことはない。もしくは、ティアナと対峙しているのは、本命たるインテグラ・イイオトコの可能性もある。そうであれば、捕えてから少女の居場所を吐かせることができるかもしれない。
 逸る心を抑えて、フェイトはときに地を蹴り、ときに空を飛び、ときに障害物を排除して前進する。
 際立って大きな震動が起きたのは、フェイトが魔法で宙に浮いたときのことだった。
 体に揺れが伝わらないのに、自分を囲む光景だけが揺れているというのは、名状しがたい違和感を生む。しかしいまはそのようなものに構っている余裕がない。徒歩ならばかかる体重で足場が崩れることも考慮せねばならない障害物を飛行で飛び越え、また一つ指定のポイントへと近づいた。
《こちら本部》
 震動が収まってから十秒も経たない内に、通信が入った。
《たった今、犯人の張ったと思われる結界が内側から砲撃で破られた。今の振動はそれによるものだ。ランスター執務官補の生存は確認されたが、意識を失っている。また、結界を破った砲撃の魔力パターンがインテグラ・イイオトコのものと一致した。よって、ランスター執務官補はイイオトコに捕縛されたと判断し、以降、その救出を最優先とする。また、イイオトコは彼女を人質として使う可能性があることに留意されたし。過去の事件では、イイオトコは人質が複数名いる場合、躊躇うことなく手にかけている。その点についても考慮に入れて行動せよ》
 具体的な行動の指示は何一つない。たしかに、今回のような個々人の能力が極めて高い現場においては有用なやり方ではあるが、囚われているのがティアナだとすれば、話は別だ。状況が判明してから一分も経っていないことを忘れて、フェイトは眉を寄せた。
 それから更に時間をかけて、フェイトは道を切り拓き進んだ。途中、やはり孤立していた陸戦魔導師の一人が、ティアナを抱えたイイオトコと遭遇し、これに討ち取られたと報告が入る。状況は、ここにきて管理局側の不利となりつつあった。数の上では圧倒的な有利を保っているが、流れが敵側に傾き始めている。ティアナのチームが分断されてから接敵するまでの時間が極めて短かった。その不運が、ケチのつき始めだった。追い打ちをかけるかのように、火災の発生が告げられる。防火装置は作動しない。タイムリミットまでの猶予が大幅に短縮された。火の手が回れば、更なる混乱に乗じて、身軽な敵は好き勝手に暴れまわることができる。そしてそれ以上に、フェイトの本来の目的である少女の生存すら危ぶまれる。
 分断された突入組がどれだけ早くチームを再結成できるか。いかにして、イイオトコとの接触前に仲間と合流するか。それが鍵だ。いくら人質がいようと、大人数の魔導師に囲まれればどうしようもないのだから。もちろんイイオトコとてそれを理解しているから分断工作を行い、火を放ち、実際に各個撃破のためにビル内を徘徊しているのだろう。
 思考を巡らせる余裕を無理にでも保ちながら、本来なら陸戦魔導師の独壇場である進行が困難な屋内を、フェイトは身軽な動作で駆け抜ける。そこに声をかけたのは、常に彼女をサポートする相棒バルディッシュ。
『There is―――』
「まさか―――」
 ほぼ同時に、フェイト自身も声を上げる。先行させていたサーチャーが、生命反応を拾ったのだ。
 今にも崩れそうな瓦礫の下に、弱々しい命の反応があった。
「ようやく」
 見つけた。
 追いに追い、求めに求め、ようやく手の届く場所までたどり着いた。無意識に、手を強く握っていた。
 救助を急がなければならない。既に通路には煙が充満しており、バリアジャケットを着たフェイトはともかく、時間が経てば少女の命は危うい。ここにきて、優先順位が再び切り替わる。
 瓦礫の撤去―――ひどく時間がかかりそうだが、仕方がない。他に手はない。魔法を用いて、一つずつ、確実に取り除いていくしかない。
 バルディッシュに計算を任せ、自分は必要な作業を機械の正確さで手早くこなす。それを繰り返す内に煙はますます濃さを増し、あらゆるものを舌で舐める炎はすぐそこまで迫りつつあった。今は魔法で築いた防壁が防いでいるが、この範囲だけを守っても意味はない。周囲が焼け落ちれば、当然ながらこの場も崩れてしまう。
 焦燥を抑える強い自制と、なにより根気が必要な作業だった。終了までにかかった時間は十四分。全神経を傾けて作業するには、短くない時間。加えて、一刻一秒を争うこの現場においては、非常に大きな消費である。
 それでも、やり遂げたのだ。
 瓦礫の下から現れた少女は、何も身に纏っていなかった。ところどころに小さな傷が付いているが、どのような好運によるものか、大きな外傷は一つもない。
 フェイトはその体を抱き上げようと手を伸ばし、けれども指が触れる直前、聞こえてきた声に驚いて手が止まる。
「―――そうか。コロナは死なず、私はヴィヴィオの元には至らず、賭けは私の負けか。本当に、最後の最後まで運だけはよろしいようで。……結構。以後、貴女を正式なロードと認め、許されるのであれば、貴女のためだけに存在しましょう。コロナ。いまは御身をお借りすることを、どうかお許し願いたい」
 声の源は、少女の近くに転がっていた王冠――見覚えがある。最初に見た映像で少女が戴いた冠だ――デバイスだった。
「あなたは?」
 フェイトが問う。
 冠型のデバイスは答えない。代わりに、これが返答だと言わんばかりに、床に横たわる少女の体に変化が訪れた。
 変身魔法―――ではない。
 すらりと伸びた手足、胴、髪。外見的な変化はそれのみだ。この変化にもっとも合致する概念は、変身ではなく、成長だろう。
 これを見たのがフェイト以外であれば、その変化自体に驚いていたはずである。しかし、彼女は知っている。JS事件の終結後に目を通した資料に、親友が義娘と戦ったときの映像があった。映像の中のヴィヴィオは、レリックウェポンとして、また聖王として覚醒し、身体的な成長を遂げていた。それを、フェイトはよく知っている。
 だからフェイトが驚くとすれば、この少女の変化が、映像の中のヴィヴィオと同じものであるという点に対してだった。
 頭の中を様々な可能性が駆け巡る。
 スカリエッティと同種の実験。聖王の復活を目指す人間の存在。未だ残る違法研究。レリックと同等のロストロギア。イイオトコの狙いはこれかもしれない。
 これからの状況がどのように推移するか計算を続ける意識の裏で、それにどのように対処すべきか考える。同時並列的に行われる高度な演算、推測、意思決定。
 この場で、高ランク魔導師犯罪者との戦いの場で、あの時のヴィヴィオと同じ暴走をされれば、管理局側の不利は否めない。この場合の不利とは、すなわち目的を果たし難いという意味だ。この少女が暴れれば、ただでさえ混乱した現場は更に荒れ、本来の目標であるインテグラ・イイオトコの逮捕が格段に難しくなることは、当然のように考えられる。それどころか、味方に更なる被害者が出かねない。イイオトコに拘束されているというティアナのことも心配だ。
 圧倒的に時間が足りない。人手が足りない。
 それがどうした。
 こんなこと、今までに何度も経験してきた。言い訳をする暇があれば、一歩でも前へ進むために、今日まで努力を続けてきた。絶望が行く道を塞ぐなら、それを押しのけてでも進んできた。だから今、自分はここにいる。
「……なんか一人で熱血してるところ悪いけど。自分で自分を奮い立たせるのが大事なのも知ってるけど。……おまえたちの大本命、こっちに近づいてきてるみたいだ」
 燃え盛る烈火の気迫に、無遠慮に水をかける声。
「あ……、え……?」
 目を丸くするフェイトに向けて、少女(?)は言葉を続けた。
「だから、あの変態魔導師がここを目指して一直線に進んでるって。管理局員から情報を得たか、それとも私の起動で発生した大魔力をおまえのものと勘違いでもしたのか。なんかおまえのファンみたいだよ?」
「えっと……」
 空気を読まずにしゃべり続ける声が、もともと驚きで止まりかけていた思考の処理能力をさらに圧迫する。
 そのせいでまともな返事を返せないフェイトに向かって、あからさまにバカにするようなため息をつく少女(?)。
「ああもう、これだから愚鈍なミッドチルダ人は嫌なんだ。でもあいつの方がもっと嫌いだし、叩くなら手を貸すのも吝かではない。ほら、あと十秒もかからないから準備すれば?」
 頭の上に鎮座した王冠の位置を直しながら、面倒くさそうに告げる少女(?)。
 フェイトは慌ててバルディッシュを構え、それからおうやく落ち着きを取り戻す。
 尋ねる。
「あなたは、誰?」
「なんだ。意外と鋭い。いいよ、答えよう。私は暫定名称"王冠"。ベルカ生まれのデバイスが管制人格にして、聖王の血族のために作られた融合騎。……まあ、結局一度も使われなかったんだけど」
 王冠が言い切るのを待っていたかのように、床をぶち抜く紅の砲撃。もう慣れを通り越して聞き飽きつつある大音が響き、床に空いた穴から、管理局が憎んでやまない犯罪者が姿を現した。



「来たぜ! どうにか間に合った! イイオトコ参上!」
 バリアジャケットの擦り切れすら補修せず、何やらボロボロなインテグラ・イイオトコ。右手には杖を握り、左肩には、気を失ったティアナが米俵のように担がれていた。
 生きている。フェイトは内心ほっとするも、すぐに気を引き締めた。ティアナが生きている―――生かされているというのは、すなわち人質としての役割が課せられているということだ。
 フェイトの視線の先にいるインテグラ。こちらを見て、次に隣を見て、舞台役者みたいにオーバーな仕草で首をかしげる。
「うん? おや? おまえはコロナ……じゃないよな。向き合ってもムカムカやらビリビリやらが無い。ってことは、そうか、ユニゾンデバイス?」
「よくわかったね。コロナが意識を失っているから、私が代わりに動いている。コロナはおまえが捕まるのを期待していたみたいだし、おまえには悪いけど、いや、悪いなんて少しも思ってないけど、コロナの意思に沿って行動させてもらう。流石のおまえでも、自分とほとんど同じレベルの二人を相手に戦えば無事では済まないだろうね」
 剣十字のあしらわれた杖を、槍のようにインテグラに向けて言う。
 イイオトコ、苦笑。
「おいおい、こっちには人質がいるんだが」
「知らないよ、そんなの。武力で犯罪を取り締まる組織の人間が、武力で犯罪者に敗れたんだ。潔く死ねばいいのにわざわざ人質になるなんて、何を期待しているんだか。これだからミッドチルダ人は」
「うわ、なんてスパルタ……。コロナのやつ、こんなのと付き合ってたのか。驚きだ。でも、まあ、二人相手3Pはおれとしても望むところなんだけど……、どうやらもう一人の方は、そうは思っていないみたいだが?」
 二人の視線がフェイトに集まる。答えを求めるように。それが気持ち悪い。わざわざ聞かなければわからないというのが、ティアナを無視して戦端を開くなんて到底容認できることではないということがわからない知性が、恐ろしい。
 こちらを見る二人の常識は、フェイトのそれと大きくずれているようだった。
「インテグラ・イイオトコ。あなたには複数の犯罪の容疑がかかっています。抵抗しなければ、あなたには弁護の機会がある。投降の意思はありますか?」
 バルディッシュの先端を向けて尋ねる。
 インテグラ・イイオトコは肩をすくめて、
「定型文はいらん。がっかりだ。これなら嫌がる執務官補を黒くて太くて長いおれの愛棒デバイスでいじめ抜く方が遥かに楽しかった」
「いじめ抜くだって? そういう割に、インテグラ、おまえ随分と削られてるみたいだけど?」
 王冠が割り込み、
 インテグラはそれに乗る。
「そうなんだよなあ」実に楽しそうな口調。「やたらとタフで、根性もある。追いこまれてからの粘りも見事なものだった。まるでキッチンの黒い悪魔だ。こいつ、本当にAAなのか? 面倒だからテストを受けていないけど実はAAAだった、とか? ……まったく。せっかくフェイトタソに遊んでもらおうと思っていたのに。やっぱり娯楽も息抜きも許されない人生なのかなあ。邪魔の多いこと多いこと」
「で? 見た感じ、もう戦う力は残ってないんじゃない? ここに来るまで、何人を相手をしたんだよ? もう逃走を考えてるんだろ? だったら、何か面白いこと言ったら、私は見逃してもいいよ」
「へえ? どういう心変わりで?」
「コロナはおまえが捕まればいいと思ってるけど、それ以上にその子が死ぬのは嫌みたいだ」
「それはまたどうして……そうか、JS事件解決までを"見た"とか言っていたな。コロナにとってはモブじゃないということか。だったら生かしておく価値はありそうだ」
 やはりフェイトを置いてけぼりに進む会話。状況を見ようと、あるいは情報を集めようと、意識して一歩引いたためだった。しかし融合騎とイイオトコとの間には彼らだけに共通する知識があるらしく、それに基づいて会話をされると、フェイトには二人が何を話しているのかまるで理解できない。
「よし、わかった。じゃあとっておきの芸を披露しよう」
 口元を斜めにして、デバイスを構えるインテグラ。
 それを見たフェイトは警戒を強くし、いつでもこの場を飛びすされるよう重心を低くする。一方、少女の体を操る融合騎は、既に戦闘態勢を解いている。騎士甲冑の一部であろうワイン色の分厚いビロードのマントの下で、腕を組んで目を細めていた。
 イイオトコが大きく息を吸い、叫び声にて杖に命ず。
座薬カートリッジ挿入ロード!」
『Penetration!』
 酷い掛声にさっそく頭が痛くなってきたフェイトだったが、まだ続きがあるようだ。
 イイオトコは、カートリッジをロードした杖を天に掲げ、更に叫ぶ。
「アナルパールモード!」
『Ah!』
 球体を数珠つなぎにしたフォルムに変化するデバイス。これこそがコロナが今まで一度もインテグラのデバイスの各モードについて言及しなかった理由であるのだが閑話休題。
 イイオトコは変形したデバイスを構えなおす。
「これぞ幻術魔法の到達点!」
 煙の充満する部屋であっても、よく見えた。瞬間的に出現する数十の人影。素っ裸の人物たちが、そこで絡み合っていた。

   「いまだ! 尻にドリル!」 「腹の中がプラズマスラッシャーだぜ」 「アッー!」
 「やらないか」  「あたしのギガントハンマーを見て、どう思う?」 「縛り上げて、クラールヴィント」
    「なのは! 僕のケツの中でディバインバスターを!」  「レヴァンティン、ヤツの尻を叩き斬れ!」

 ステレオで聞こえてくるあえぎ声はまさに地獄。事前に資料で確認した残虐な光景や音声とは違ったが、これはこれで見事な精神攻撃だった。また事件の結果とは関係なく、フェイトは今後数週間悪夢にうなされることになるのだがやはり閑話休題。
 これに満足した王冠は完全にイイオトコへの追及を止め、こうして執務官と人質を取った犯罪者が向き合うという本来の構図がようやく出来上がったのだった。



モドル