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◆◇◆

 インテグラ・イイオトコ。
 言動を見る限り頭はあまり良くないが、とにかく強い。元管理局員で、捜査官と武装隊とを経験したことがあるそうだ。
 最終到達魔導師ランクはAAA。上位5パーセントに含まれる、生まれながらのエリートだった。そりゃあ突っ立っているだけで強いわけだ。いや、強いというより大きいというのが正しいか。山の表面をスコップで掘ったところで何の意味もないのとよく似ている。
 そんなインテグラに、赤色――本人いわく華麗なるバラ色――の魔力光がトラウマになるくらい徹底的にしごかれた結果、
「おまえダメだわ。才能云々以前に、あまりにも若すぎる」とインテグラ。
「おまえな……。そんなこと、初日に気づけ」とおれ。
 ちなみにこの日、訓練を初めてから五日目の夜。毎日毎日フルボッコにされれば痛くない被弾の仕方くらいは学べるが、それだけだ。ぶっちゃけ幼児虐待の域に入っている気もするが、そういうのが通じない社会なのだから我慢するしかない。そろそろ管理局に逃げ込むべきやもしれぬ。
 それにしても、汗ってこんなに出るものだったのか。湿った髪の毛先からポタポタと、まるで絞った雑巾のように滴り落ちる。放っておけば体まで一緒に溶け出してしまいそう。恐ろしいのは、同じことを昨日も思ったという点だ。昨日も、その前日も、これ以上汗が流れることはないだろうと朦朧とした意識の中で思ったものだったが、それが毎日覆されるのはどういうことなのか。
「これを飲め」
 インテグラが男らしく差し出したのは怪しいビン。中身は緑色のあからさまに怪しい液体。なんだか薬品臭いのだが、ラベルを見るに市販品のようだ。
 味は……なにやらドクトルでペッパーな味わい。運動の後に適さないこと請け合いだが、とりあえず液体なら何でもよかった。
 おれが喉を鳴らしてごくごく飲むかたわらで、汗一つかいていないインテグラが空間にモニターを展開した。ここに来てから訓練と睡眠だけで一日が構成されていたので、少し興味がわく。重たい体を持ち上げて、わきから覗き込んだ。
『―――○月×日正午にミッドチルダ首都クラナガン中央区で起きた、魔導師による大規模な通り魔事件の犯人は、いまだに逃走を続けている模様です。管理局の発表によれば、インテグラ・イイオトコ容疑者は、複数の世界で凶悪犯罪の容疑者として指名手配を受けており、また元管理局員ということもあり、JS事件後に体制見直しを進める管理局にとって―――』
「…………」
 いま話題の容疑者インテグラ・イイオトコ氏を見上げてみる。
 目が合った。
「……さて。指名手配犯の潜伏先の情報でも手土産に、管理局に鞍替えするか」
「別にいいけど。そうなったらおれはさっさと逃げるから、この会社がつぶれるだけだぞ? 管理局に密告チクるにしても、おれの庇護下でもうちょっと甘い汁吸ってからの方がお得だといえるでしょう」
 もちろん今日までの付き合いでそれがわかっているから言ってみたのだが、こんなにも淡白なものなのか。結構古い付き合いがあるらしい親分さんがちょっと可哀そうになってきた。でもこんな凶悪犯を雇い、匿っている時点で同情の余地はほとんどない。それを言うなら、ヤクザな組織である時点で人から同情をもらえるはずがないのだが。
「で?」
「ん? なにが?」
 首をかしげるインテグラ。
「だから、何やったら凶悪犯なんて呼ばれるようになるんだ?」
「いまニュース見ていただろー? あ、でも関係ない人間を巻き込むのは仕事の時だけだから安心してほしい」
 できるはずがなかった。
「というか仕事以外とかあるのか……。趣味?」
「―――ふふふ」
 口を斜めに、不気味に笑う凶悪犯。
 こいつがどういうつもりでおれを傍に置いているのか知らないが、明らかに贔屓されているのは感じられる。でもロリコンとかペドフィリアとかいう感じでもないし、そもそも女に興味ないっぽいし。
 ただひとつわかるのは、観察されているらしいということ。
 ときおり能面のように無表情な、あるいは昆虫のように機械的な黒い瞳がこちらをじっと見つめていることがある。そこには暴力とは別種の、幽霊の類に近い恐ろしさがある。全身が震えるのではなく、背筋が凍るタイプ。人間の想像力が生み出す恐怖はこちらである。
 あと王冠がやたらとインテグラを嫌っているのも謎だ。いや、逆に好く人間がいたらそちらも大いに謎なのだが、王冠はインテグラの前では絶対に口を利かないあたり、かなり徹底している。知らない間に喧嘩でもしたのかしらと邪推するも、インテグラは気にした風ではないし、王冠は貝のように口を閉ざすので、わからず終い。王冠の隠し事を解き明かすどころか増えていく一方なのが実に歯がゆい。
 それらを総括してここ最近の日常を振り返ってみるに、どうにも引き際を間違えた気がしてならなかった。どう考えても、ここの組織に来る前に管理局に逃げ込むのが正解だ。それともインテグラに出会う前、というのが正しいか。
 王冠だけでなくインテグラも絶対になにかを知っている。確信は日々強まり、けれども突破口が見えてこない。あるいはもともと突破口など存在しない―――ブラフの可能性もあるが、管理局に逃げ込めば二度と会えないだろうから、ずるずると今の位置に居続けてしまうのだ。
 それに今の自分の状況がひとえに好運によるものだということも忘れてはならない。いつでも逃げ出せるつもりでいたが、本気で監禁されたりすれば、それさえも果たせないところだった。ちょっと現実甘く見ていたというか、なめていたというか。
 ……これは自分で期限を決めないと危ないかもしれないな。
「インテグラ」
「なんだ?」
「おまえ、いつまでここにいるつもりなんだ?」
 直球でど真ん中な問いかけだったが、インテグラは視線を斜め上にさまよわせてから、
「そう……、具体的には決まっていないが、近いうちに地上本部の捜査官たちが踏み込んでくる。あと半月もないな。逃げ出すならその直前か、もしくはドサクサに紛れて色々と持ち出すのもアリといえばアリなんだが」
 それがやけに自信に満ちた口調だったので、さらに突っ込んでみる。
「おまえ、もしかして―――」
「おれもダテに捜査官していたわけじゃないからなあ。今でもつながりがあったり? なかったり? 司法取引、とはまた違うけど? この会社に捜査官を紛れ込ませるのを手伝ってみたことも?」
 気味の悪いしゃべり方をして、ひひひと笑う。
 雇い主を裏切るヒットマン……。死神すぎる。そのうち自滅するんだろうなあ。できれば早い方がいいなあ。
「まあ、それまでの辛抱だからコロナも訓練を頑張るといい。若い内に反復訓練で効率のいい脳ミソを作るのがエリートへの第一歩だ。おまえ、魔法は見ただけで覚えられるんだから、なおさらその習熟に力を注ぐべきだろう」
「へーい」
「あと、どんなに疲れていても最低限の身繕いをするクセはつけておけ。人間、見た目の良し悪しを性質のそれに結びつけて考えやすいからな」
 裁判で心象良くなるかも、とかなり意外な助言を残してインテグラは去った。しかし捕まること前提で話すのは止めてほしい。
「王冠」
「……なに?」
「管理局への投降準備、できているよな?」
「できてるよ。廃ビルに住んでた時からいつでもできるようにしてる。なんなら今この瞬間にしてもいいけど?」
「魅力的だな……。でもやめておこう。あいつが何を知っているのか知りたいし、どうせだからあいつが逮捕されるように動くのもいいかもしれない。できそうか?」
「難しいだろうね」
 王冠は即答する。
「おまえはどんなに頑張ってもBにも届かず、あいつは三年前の時点でAAAだっけ? だとすればニアSくらいあるかな。下手すればオーバーSだ。ま、少なくとも当時より落ちてるってことはないと思う。おまえにそっくりだ。才能はなくとも指向性は頭一つ抜けてる。どんなにきつくても、一度始めた努力は捨てないよ、ああいうのは。だからいまなら無傷で一つの都市の住民を片っ端からハゲ頭にして回ることもできるんじゃないかな」
「ひどいオチだな、おい。っていうか、絶対本人に言うなよ? それ。やりそうだから。計画犯として逮捕されるなんて洒落にならん」
「実行犯じゃないところとか、小物っぽくてよく似合ってる気がするけど?」
 シャワールームに入って、
「騎士甲冑、解除」
 甲冑がほどけていく。途端に体の表面に空気が触れ、襲いかかる不快感。慣れすぎるのも問題だ。
 いまならどこぞの執務官が制服姿が新鮮だと言われるほどにバリアジャケットを着続けたのも理解できる。魔法というのはどれもこれも戦闘を前提に作られていると思っていたが、騎士甲冑は快適すぎる。
 滝のように強い水流を頭から浴びて汗を流す。騎士甲冑も快適だったが、体表を湯が這う感覚も眠気を誘う心地よさがあった。生物としての本能なのかもしれない。
 眠ること。たゆたうこと。何も考えないこと。
 どれもこれも気持ちがいいのは、きっと静止こそが生物のデフォルトだからだ。起きているときが、動いているときが、考えているときが、まさに異常動作を起こしているのだ。
 ならば生と死は、どちらが正常でどちらが異常なのか……と中学生みたいなことを考えながら風呂を上がる。
 風呂上がりの一杯は欠かせないのでさっそく冷蔵庫に突撃し、中にドクトルでペッパーなビンしか入っていなかったことに絶望した。
「インテグラのやつ、こんなものどこから調達してくるんだ……」
 元捜査官すげー、と嘆息。
 仕方がないのでグラスになみなみと注いだ水を飲み干すことにした。液体が喉を流れる快感。冷たさに胃が驚くのも同じく。
「さて。寝るか」
 つぶやいて、念願の柔らかくて大きいベッドに倒れこむ。
 枕に顔を伏せて視界が闇に包まれる。眠りは刹那のうちに訪れた。


◆◇◆

 翌日、夜明け前。
 空間に展開されたモニターには、しかし映像は映っていなかった。獣が爪で引っ掻いたような白黒のノイズが乱れている。
「ふーん。なるほど。じゃあ踏み込みは八日後の昼、と。いや、思ったよりかなり早い。驚いた」
『……そちらの準備は整っているのだろうな?』
「整えますよ。そりゃあ、……ねえ?」
 挑発するように、不安を煽るように、インテグラは囁く。かつての上司が顔をしかめる気配は、モニター越しの無言に紛れてしっかりと伝わってきた。
 現在の彼らの関係は、インテグラが優位にある。
 失うモノの違いだ。インテグラは逮捕されても刑罰を受けるだけだが、かつての上司は家庭に地位にと守るべきものが多い。一度手を組んだ以上、インテグラが逮捕されればそこからつながりが表出するのは間違いないので、かつての上司はインテグラを逃がさざるをえないのだ。
 たった一度の過ちに付け込まれ、ずるずると三年。まるで悪い薬だ。加えて、彼は知らないが、インテグラが同じような関係を結ぶ相手はまだ数人存在している。誰も彼も、それなりの地位についている者たちだ。中にはインテグラを消そうと刺客を送り込んできた者までいたが、結果は、いまここで指名手配犯がニヤニヤ笑っていることから知れる。
「まあ、しかし最近の局は体制見直しなんて面白いことをやっているそうじゃないですか? そのへん、大丈夫なんですかね?」
『……それはおまえの気にすることではない』
「はいはい。それじゃあ、くれぐれもお気をつけて」
『…………』
 奥歯を噛みこぶしを握る姿が、インテグラには見えた。
 一方的に通信が終了される。
「八日後、ね。……かわいそうに。奥さんもお子さんも泣くだろうなあ。いやー、他人の不幸は美味い旨い」


◆◇◆

 同時刻。
 フェイトは薄暗い車内でシートを倒し、軽くまぶたを閉じていた。眠りにはつかない。水銀じみたどろりと重たいため息がもれる。
 少女はまだ見つからない。それどころか、新しい仕事が入ってしまった。
 フェイトの元に捜査協力の依頼が来たのは、彼女らが指名手配犯インテグラ・イイオトコを取り逃がした二日後だった。捜査協力というよりは、むしろ戦力として当てにされている。突入員としてオファーがかかったのだ。
 強制捜査の対象は、とある企業だった。かねてより別の目的で内偵を行っていた捜査官から、その企業がインテグラ・イイオトコを匿っているとの報告が上がってきたのだ。それをひょんなことから小耳にはさんだ"イイオトコ通り魔殺人事件捜査本部"が横からぶんどった形になる。知ると鬱になりそうなドロドロしたやり取りの末のことだったが、上から正式に認められた以上、捜査が行われるのは決定事項なのだ。
 かくして決まった陸での久し振りの大捕り物にどうしてフェイトが呼ばれたのか。フェイトが実際に顔を合わせた捜査主任は、体制見直しの一環として海と陸が協力して大物犯罪者を捕らえるのは云々と語ったが、どう考えてもインテグラ・イイオトコを逃がした責任を取って手伝えというのが本音らしかった。そんなだから海と陸の溝が埋まらないのだが、それを口にすれば埋まるどころか深まること間違いないので、フェイトは素直に頷いておいた。ヴィヴィオの妹にあたる少女の捜査で忙しかったが、断れる空気でもなかった。
 幸いにして、足を棒に一日中歩き回る仕事ではない。奇襲じみたやり方で、電撃的に制圧するとのことだ。
 決行は五日後の昼。それを絶対に口外するなと言いつけられた。言われずとも吹聴して回る気はないが、それが同じ捜査員たちにまでとなると、多少は訝しまざるをえなかった。が、理解はすぐに訪れた。
 似たような状況は今日までにも何度か経験していた。つまるところ、内通者のあぶり出しも兼ねているのだろう。
 インテグラ・イイオトコが元管理局員だというのなら、それなりに納得のいく話でもある。そもそもあれだけ派手に動いておいて三年も逃げ続けているというのがおかしいのだ。いくら捜査官の手口を知り、かつ高ランクの魔導師であったとしても。
 通り過ぎる車のライトが、まぶた越しにも感じられた。
 ティアナはもう寝ているだろうか。フェイトは閉じた目を手のひらで覆って考える。
 フェイトの補佐官であるティアナにも、参加するよう要請が来ていた。その要請はいまだフェイトの元で止まっている。テキストで送るより、明日、口頭で伝える方がいいだろうと判断してのことだった。外に漏らさないためには、データとして残さないのが鉄則だ。
 ティアナ・ランスター執務官補。陸戦AAランクのストライカー。フェイトの見立てでは、彼女が執務官になるまであと二年もかからない。魔導師としてもまだまだこれからが伸び盛りであるし、性格は真面目、人柄も良し。
 自分で言うのも何だが、フェイトは魔導師としての才能に恵まれていた。だからこそできなかった経験が数多くあるということが、最近になってようやく見えてきた気がする。そして、それらの経験こそが管理局の魔導師に必要なものであるということも。
 その点に関して言えば、ティアナは恐ろしく優秀な執務官になるだろう。分類すれば、血反吐を吐くほどの努力を知るクロノ・ハラオウン提督と同じ。そんなティアナにとって五日後の強制捜査は、執務官補佐となってから初めての、高ランク魔導師犯罪者と遭遇する可能性のある仕事だ。それも凶悪犯と呼ばれるほどの、極めて危険な魔導師と。
 絶対に大事があってはならない。
 思いを強く抱き、フェイトは身を起こした。まだまだ先は長かった。


◆◇◆

「―――ってなわけで、管理局が突っ込んでくるのは五日後の昼だってさ」
 唐突だが聞き逃せないことをインテグラがいった。
「半月もないどころか、一週間もないのか……」
「少数精鋭で一気に制圧しにくるらしい!」
 恐ろしい話だ。
 魔導師は能力面での個体差が大きく、ゆえに精鋭というと冗談抜きで超人とか化け物なのである。その一例がちょうどいま目の前にいるわけなのだが……。
「なんでおまえそんなに嬉しそうなんだよ?」
「そりゃあ嬉しいだろ。聞いて驚け? なんとその突入部隊にはフェイト・T・ハラオウン執務官が含まれているとか!」
 ファンなのだ、などとのたまう頭の悪い凶悪犯罪者。まあ、たしかにおれだってファンだと言えばファンなのだが、敵対したいとは思わない。
 こいつも会えるのがそんなに嬉しいなら逮捕でもされてあげればいいのに。
「……って、ちょっと待て。おまえ、逃げ出さないのか?」
「せっかくの機会なんだ。逃したらもったいないだろ。まあ、勝てはしないが負けもないだろうから、適当に遊んでもらって、満足したら撤退だ」
 空戦S+相手にそこまで言い切るとは、すごい自信だ。などと感心していると、
「いいこと思いついた。おまえ、おれの―――」
「黙れ」
 インテグラの危ない発言に割り込みをかけた。
 すると変態は肩をすくめ、
「おれの……代わりに、いざとなったらカミカゼアタックしろ。おれはその隙に逃げる」
 苦しいつなぎだった。
「で?」
 おれが尋ね、
 インテグラは人差し指を立てて解説。
「おれは逃げ切る。おまえはお縄につく。なに、少年法……じゃなくて、年齢がおまえを守ってくれる。それに連中は魔導師には甘い。聖王なんてまず間違いなく無罪で身内に引き入れようとするだろうな。いつだって将来の、一点の曇りすらない穢れなきエース候補が欲しいんだ、あそこは。もう一匹の方は義母が管理局員とはいえ実質的に聖王教会に取られたし、躍起になっておまえを獲得しにくるんじゃない?」
「いやに辛辣だな」
「いやあ……、なぜか反体制は楽しいんだよなあ。ここでボロクソ言っても言い返してこないからか?」
「壁に向かってぶつぶつ呟いてろ」
 フェイト・T・ハラオウンに会えるのがそれほど嬉しいのか、やけにテンションが高い。もともと躁っぽいところがあるのだが、おかげで相手をするのも一苦労だ。
 しかしインテグラの言では、おれも当日までここにいるのが決定のようなのだが、そのことについて訊いてみると、
「コロナは拉致監禁されていたってことにして、部屋の隅でブルブル震えていればいいんじゃないか?」
「おまえらが戦ったらビル倒壊するだろ」
「そりゃあするだろうけど、でもいま駆け込んでも誰も喜ばないと思うんだが」
「むぅ……」
 たしかに、いまおれが管理局に駆け込むと、インテグラはともかく捜査官の人たちが困るのか。
 完全にタイミングを見失っていた。機を読む能力の欠如が恨めしい。
「そんなに嫌なら、とりあえず前日にでも避難しとけばいい。適当なところ準備してやってもいいけど?」
 試すような視線が腹立たしいが、しかたない。
「……対価はなんだ?」
「よくできました。レインボーサイクロンを所望する」
「……。なんだよそれ?」
 というわけで、美しい魔闘家としての修行を積むことになった。



 半日かけて習得したレインボーサイクロンはくその役にも立たないことが判明した。もともと魔力光が七色で、適当に魔力を放出するだけで実現するのだから当然といえば当然だ。習得する前に気づけという話だが、インテグラのハイテンションに引っ張られる形でおれもノリノリだったのだ。
 もちろん素に戻って死にたくなった。
「よし、王冠。目からビーム出す魔法プログラムを組め」
「なにが"よし"なのかわからないんだけど。……単純に射撃魔法のスフィアを文字通り目の前に設置するのはだめなの?」
「だめだ。傍目にはネタでありながら効果も高く、かつ誰が見ても明らかにオリジナルだとわかる技が欲しい」
「またバカなことに夢中になって……。でもまあ、最近はちょっとマジメになってたし? 久しぶりに廃ビルで生活してた頃みたいにバカやるのもいいかもね。わかった、適当にプログラム組み上げて徐々に修正していくから手伝って」
 それでこそコロナ、となかなかどうして失礼なことをいいつつも、王冠も乗り気なのは見え見えだった。
「おまえの魔力資質は純粋魔力の射出、放出だから、目からビーム魔法自体は習得しやすいだろうけど、そもそもベルカには少ない資質だから……、必然、ベルカ式はそっち方面の術式が少ないんだ。その点ミッドヘボチルダ式は洗練されてる。自分だけ安全圏で戦おうとする卑怯な根性染みついてるってことだね。癪だけど、コロナがあいつから盗んだ術式をベースにしよう」
「無茶苦茶いうなあ。なんだ? 今日はやけに口が悪い……あ、さてはインテグラに何度も撃たれたのが気に入らないんだろ?」
「…………」
 黙り込む王冠。集中してるんだから話しかけるなバカ、と無言で。
 墜とされまくった本人がちっとも気にしていないのに、そのデバイスが気にするとは。ミッド式が嫌いなのかインテグラが嫌いなのか。両方だろうな。少なくともおれを心配しているわけではないのは確かだ。
「……おまえ、なんでインテグラ嫌いなんだ?」
「なんだよ藪から棒に。コロナは好きなの?」
 王冠が問い返してくる。
「残念ながら冗談でも頷けない。でも嫌いというよりは、気持ち悪い? というのが正確なところだと思う」
「私も嫌いなわけじゃないよ。ただ、私は常におまえといるから、あいつの前ではしゃべりたくない。そっくりな人間が二人いるなんてすごく気色悪い」
 かなりひどい暴言を吐かれた気がする。あんな変人にして凶悪殺人犯とそっくりだなんて、ナマコとそっくりと言われるより屈辱だった。
 それにしても珍しい。王冠は本当に機嫌が悪そうだ。これがインテグラにおれを取られて嫉妬しているとかなら可愛いものだが、絶対そんな感じじゃないし。本気で気持ち悪がっているっぽい。
 よくわからないが、ともかくこれ以上やつの話を振るのは得策ではないだろう。
「ま、いいか。それよりできた? プログラム」
「もうちょっと待って。あと何をメインにするか指定がほしい」
「威力と弾速と射程と操作性と貫通性と発射速度をメインにしろ」
「他に何がメインの射撃があるんだよ! 調子に乗るなよバカ。とりあえず勝手に速度重視にしといたからな。無防備な標的と目が合った瞬間にジュッ! だ」
「ジュッ! って……」
 目玉焼きのできる音?
「おい、それ危ないんじゃないか?」
「おまえの目も潰れるからおあいこだ」
「あ、ああ危なすぎるわ! なんで捨て身の切り札なんだよ?」
「針みたいに細い直射型にして貫通性能上げて、バリアジャケットぐらいなら抜けるようにしてみる?」
「人の話を聞け」
 とか言ってぎゃーぎゃー騒いでいるうちに完成してしまったのか、デバイス側で魔法プログラムを走らせる気配。
「おい王冠? おれの目は大丈夫なんだろうな?」
「瞬きするなよ? まぶたの裏が焼けるか、出力高いと貫通するかも。目を閉じてても見えるようにしたいなら止めないけど」
 そんな恐ろしいことを言われたせいで、我慢大会みたいに目を開けたままにする。瞬きできないのはとても辛い。
 と、眼球の前にリング状の魔法陣が出現。ほぼ同時、SF映画に出てきそうなレーザーじみた虹色の光線が発射され、視線の先がジュッ! と音を立てた。あとどこかから「アッー!」と叫び声が上がった気がした。
「……なんか壁に穴が開いていないか?」
「バリアジャケット貫通して肉を焼くくらいだからね。なんの魔法的な防御もない壁なんて紙みたいなものだよ」
 騎士甲冑ではなくバリアジャケットと言うあたり、何を標的にしているのかよくわかる。
 しかし、バリアジャケットを抜く貫通力に、防御魔法の展開を許さない弾速。照準は視線をそのまま利用し、場合によってはデバイスの補助が入る。欠点は弾丸のサイズが小さい――壁の穴は一センチにも満たない――こと。あと失敗するとまぶたに穴が開くこと。
 封印すべき魔法のような気もするが、人間を撃ち落とすには上出来だといえよう。
「……。……まあ、でもコロナ、魔力を研ぎ澄ます才能は意外とあるね」
「なんだよ? その間は」
「うん、まあ……、計算より貫通力が高くなったから。……最初は冗談だったんだよ?」
「なに言ってるんだ? わけわからないぞ、おまえ」
「すぐにわかる。……ほら、来た」
 王冠が言い終るやいなや、部屋の扉を蹴破る勢いで素っ裸のインテグラが突入してきた。すわペドフィリア来襲かと身構えるも、そうではないらしい。インテグラはおもむろにこちらに尻を向けて、
「てめおまえこのやろ! なんてことしやがる! 大事な尻が焼けたぞ!」
 そういえば先ほどの光線を延長すると、隣室、インテグラの部屋に届く。しかしこいつは自室で素っ裸で何をしていたのか。
 問う代わりに、変わらずこちらに向いたままの尻に、かつて物干し竿として活躍していたデバイスを突き出した。
「アッー!」



モドル