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◆◇◆

「ああ、くそ。仕事がしたい、金が欲しい。……腹が減った」
 とぼとぼ歩く足はあからさまに力ない。衣食住のうち、生命維持に直結する食の要素が決定的に足りていないのだった。
 例の研究施設から逃げ出して数日。冷静になってみると、人を殺してしまったせいで管理局にも連絡が取りづらい。
 正当防衛は認められるだろうが、殺したという事実はあまりよろしくない結果を導くと思われる。たとえば管理局の手足となって働くのだ、それが社会復帰への近道なのだ、みたいなことになったら嫌だ。嫌だが、いざとなったら管理局に駆け込むつもりではいる。
 そのための通報というか自首というか、その準備は王冠がしているらしい。
「おい王冠? ここ、どこだよ」
 指示どおりに移動した結果、数時間ほどでなにやら薄汚い裏路地っぽいところにたどりついたわけだが。
「ミッドチルダ」
「そのくらいわかるわこのポンコツ。おれが訊いているのは、この場所の特徴と腹を満たす方法だ」
 途中からは飛行魔法も使わず、短い脚でペタペタ歩いてきた。具体的には、悪目立ちして仕方がない管理局のミッドチルダ地上本部がよく見える首都に入ってから。
 なんでも市街地にはあちらこちらにセンサーが設置されているらしく、空を飛べば一発でお縄につけるとか。
 王冠の言っていた管理局への通報ってこれじゃないよな? と疑いを抱かざるをえない情報だったが、特に追及はしないでおく。
「とりあえずおまえを質に入れれば当分食べていけそうな気がするがどうだ?」
「おまえ服がないだろ? 誰が騎士甲冑作ってやってるか忘れるなよ?」
「おまえを売れば金ができるだろ。それで買えばいい」
「ああもう、どうしておまえはそんなにバカなんだよ。私を売るまで金はない、よって服を買うのは私を売ったあとだ」
「だから?」
「実際にやってみろ、バカ人間」
 というわけで実際に都合よく見つけた質屋に駆け込んだワケだが、ここで騎士甲冑を解除されると困ることに気がついて、王冠がため息をついた気配と共に逃げ出した。
 またつまらぬ運動をしてしまった。つぶやき、刀の血脂をぬぐう代わりに額の汗を袖でふく。
 ぎゅう、と腹の虫が断末魔みたいな音で鳴いた。
「余計に腹が減ったなあ、おれ頭悪いなあ」
「そんなのわかってる。それよりコロナ、そろそろ何か食べないと本当に危ないんじゃない?」
「なんでそう他人ごとなんだ」
 口が文句を言うかたわらで目は高級そうな料理店を探す。半時間ほど歩いて見つけ、さっそく裏手に回る。
 野良犬よろしく残飯あさり。この行為への抵抗も、ほんの数日で薄れてきた。かくも空腹とは人を変えるものなのである。特に成長期にある子供の体は飢餓にめっぽう弱い。
 くそ、人間様はいいもの食ってるなあ。
 残飯の方が記憶にあるジャンクフードより美味いというのはどういう魔法なのか。空腹は最高の調味料というヤツなのかもしれない。あるいは舌の好みが違うのか。ともあれ飽食大国日本に生れて食のありがたみを知らなかった自分はすでに過去だ。
 一通り腹を満たして落ち着くと、一つアイディアが浮かんできたので言ってみる。
「いいこと思いついた。騎士甲冑を食えばいいんじゃないか? 王冠。全身に生クリームの騎士甲冑を展開しろ」
「どうしてそういう発想ができるのか小一時間ほど問い詰めてやりたいけど、やっぱり面倒だからやめとく。食えないよ。物質みたいに見えるけど、実際はフィールドタイプの防御魔法だから。それに食えたとしても、おまえの魔力で構築してるんだからプラスマイナスでゼロじゃない?」
「魔力って大気中のエネルギーをリンカーコアでぐるぐるぽんして精製してるんじゃないのか? だったら結果的には空気中から食料調達できるってことだろ?」
「……心配だから、もう一回言っとくけど。騎士甲冑は、食・え・な・い!」
「なんだ、食えないのかよ」
「やっぱり聞いてなかった。いいか? 絶対かじるなよ? ……それにしても、リンカーコアの仕組みなんてよく知ってたね」
「そりゃあ、そのくらいは知ってるだろ」
 アニメを見ていたし、設定や大きな出来事についてもそれなりには知っている。逆に言うと、ジェイル・スカリエッティが捕まるまでしか知らないともいえるのだが……。
「ん? 待てよ? もしかしてスカリエッティって逮捕されているのか?」
「されてるけど、どうして?」
「おまえがヴィヴィオという名前を知っていたから、あとは確率の問題だ。ヴィヴィオの存在が表に出てからスカリエッティが逮捕されるまでの期間と、スカリエッティが逮捕されてからの未来と、どちらが長いか考えれば、今は後者の可能性が高い」
「バカがほんの少しだけ頭よさそうな発言したところ悪いんだけど、疑問に至った理由じゃなくて、スカリエッティの逮捕がおまえに何か関係あるのかって訊いたんだ」
 そうですか。
 言われてみれば、たしかにあまり関係ない。JS事件の結末はそれなりにハッピーエンドだ。介入できるチャンスが目の前に転がっていたと仮定して、その時の自分の行動を思い描いてみると、面倒事に巻き込まれるのはごめんだと一目散に逃げる姿しか浮かんでこなかった。
「……いや、やわらかいベッドと温かい食事が出るならあるいは」
「なに妄想してるのか知らないけど、コロナ、お客さんだ。ほら、さっさと現実に戻って来い」
「客だと? ……うわ」
 なんか十人くらいに囲まれていた。年齢に上下の幅があれども、どれもこれも子供。着ている服はところどころ擦り切れていたりするが、何日も着続けたという汚れ方ではない。
 おれとあまり変わらない境遇であることは想像に難くない、それは少年少女らの群だった。
 先ほどおれは残飯をあさる自分を野良犬にたとえたが、すっかり忘れていた。野良犬にも野良犬のルールがあって、縄張りはその最たるもの。野生の動物は縄張り争いで命を落とすことも少なくないと聞く。
 侵入するものに対しては一切の容赦もしない、鉄より硬い野生の掟。破った者には死を、と言わんばかりに彼らの手に角材やら鉄パイプやらが握られているのが、いや、なかなかどうしてけっこう怖い。



 かくして大乱闘が起こり、魔法が使えるおれは敵を一方的に虐殺したのでした。などという結果になるはずもなく、野良犬同士で人間らしく話し合った末、彼らの群に入れてもらえることになった。はじめて幼女でよかったと思ったのが複雑だったが、すぐに忘れた。
 彼らが"グループ"と表現した群は、数十人ほどから成る集団なんだとか。中には両親がいて自宅があって学校に籍を置いているという者もいるようなので、ストリートチルドレンの互助組合というわけではない。では何なのかと尋ねたところ、おまえみたいなガキに言ってもわからない、とのありがたいお返事をもらった。
 ……なんとなく想像はつく。
 ある程度以上に豊かな社会があれば必ず生まれるといっていい、法を嫌い血と暴力と何より金を好む集団。ぶっちゃけヤクザの類。そのものではないとしても、下部組織、あるいは予備軍みたいな扱いなのだろう。
 役目は、いいように使われること。それでもカスみたいなおこぼれをもらって生きていくことはできる。
 おれが拾われたのは、同じ境遇の者が多く、この外見が彼らの同情――というほど卑屈な感情でもない、彼らは皆たくましいのだ――を引いたからだ。これが中年のおっさんなら扱いはまた変わっていたはずであるし、元の大学生の男でも、たぶん危なかった。
 なるほど、たしかに幼い姿であることのメリットは、ペドフィリアに遭遇したときの危険を考慮しても小さくない。
 他に影響を及ぼした要素があるとすれば、
「ちょっといい? おうかんタン」
「いい加減やめなよ、その口調。肌なんてないのに鳥肌立ちそう」
 器用にもカタカタ震えながら失礼なことをおっしゃるのは、我らの王冠タン。その言にならって言えば、顔なんてないのに顔をしかめてそうな口調で文句を言う人工知能。いまはおれの体を覆う騎士甲冑を維持したまま待機状態の指輪になっている。位置は右手の親指。正直かなりジャマである。でも頭の上に鎮座されるのはもっとジャマなので黙っておくが吉と見た。
 ちなみにもうひとつのデバイスである、例の施設で性犯罪者の頭をカチ割った杖――なんと非人格型アームドデバイスだった!――は物干し竿として絶賛活躍中。
「で? なに、またバカな頭でバカなことバカ思いついたの?」
「三回言いやがった。いや、ここと管理局とではどっちがマシなのか考えてたんだが」
 この場には他に誰もいないので舌っ足らずの口調はやめる。あれはあれでクセになりそうなのだが、そんな自分を絞め殺したくなるので。
 まだ自殺するような時期じゃない。
「うへ、まだそんなこと言ってたの? コロナは面倒が嫌なんだろ? だったら管理局って選択はないはずだけど」
「だけど低次の欲求が満たされると次へ次へと欲しくなるんだよなあ、人間ってやつは」
 マズローの欲求段階説みたいなもの。生物は生まれながらにして貪欲なのだ。
「一般論にしてごまかすな。つまり三十歳の無職童貞ヒキコモリがそろそろ働かないといけないなあ、と思うようなもの?」
「え? そうなのか? ……いやぁ、違うだろ。あとさりげなく童貞とか混ぜるな」
「言ってるだけで結局動かないところとかそっくりじゃない? まあでもあんなミッドチルダ式の総本山みたいなところは―――」
「ああうるさい黙ってろ。おまえが管理局が嫌だっていうなら聖王教会でも……いやダメだな。下手すれば祭り上げられる」
「だいたいあんなミッドチルダに尻尾を振るような軟弱は―――」
「だから黙ってろって。古いデバイスだか何だか知らないけど、おまえ野蛮すぎるぞ? 現代に原始時代の価値観を持ち込むな骨董品」
「なんだと? いいか? よく聞けよ? いいものは時代を超えて生き残るんだ。そして聖王の威光にひれ伏せミッドの愚民ども」
「だったらおまえの大々々好きな原始ベルカは滅んだからいいものじゃなかったと」
「原始って言うな! そもそもおまえ、自分の"母親"が誰だか知ってるのか? 私が骨董品ならおまえは三百年前の原始人だ」
「やかましい。原始人だって文化を着込めば現代人だ。ヴォルケンリッターやヴィヴィオなめるな。もういい、おまえは直径に対する円周の比率でも延々と計算してろ」
 世紀末覇王教会、もとい聖王教会のお偉方が聞けば憤死しかねない応酬だった。
 さて。くだらない暇つぶしだったが、得たものもある。
 今日までの短い期間でさんざん思ってきたことではあるが、王冠のやつは妙に世情に詳しい。それに、こちらは確証がないが、なにか知っていながら黙っているような気配がある。相手がそこらのデバイスなら気付かなかっただろうが、王冠の人工知能は無駄に成熟してすでに腐りかけの領域に片足つっ込んでいるので、それに助けられた形となる。
 王冠の知っているなにか。
 これは、おれの事情についての情報だと睨んでいる。心と体が別物であると出会った時から知っていたし、もしかしたらその原因や、あるいはおれが自分の名前すら思い出せない理由まで知っているかもしれない。しかし、どうしておれが研究所にいるのか尋ねても、ここで生まれたからじゃない? と返してきた過去がある以上、いま尋ねたところではぐらかされるだけだ。
 そういうわけで、こうなれば持久戦しかあるまいと決意を新たにする。
 王冠がボロを出すのを時間をかけて待ちながら、自身でも積極的に情報を集める。どのような目的によるものなのか、王冠もおれの下から離れようとはしないし、それしかあるまい。
 と。
「てててっててー、あいつのー、頭をー、輪切りでyhea! 挽き潰せ! 抉れ! ミキサーにかけろ! 刺せ! 刺せ! 刺せ!」
 結局ひきこもりのごとく現状維持を決め込んだおれの耳に、いかれた歌(刺せ! 刺せ! 刺せ!)が飛び込んできた。ここは廃ビル。うちっぱなしのコンクリの壁には声が無駄によく響くが、ご近所さんなどいやしないので近所迷惑は考えなくてもいい。
 声の主は十五歳より少し上くらいの少女、マラネロさん。グループの一員にしてこの廃ビルの住人の一人。
 どうやら一度、外回りから帰ってきたらしい。お昼休みだ。
 徐々に近づいてきたシャウトが、この部屋と廊下とを隔てる扉の前で止まる。
「世界の中心で」マラネロ。
「鼻から牛乳」おれ。
 合言葉である。発案はマラネロ。勘弁してほしい。
「いま帰ったぞぅ」
 ギギギ、と立てのけの悪いドアを無理やり開き、細身で赤毛の女が入ってくる。
 その足元にテテテと駆け寄りながら、
「マラネロさん、おかえりなさい」
 習得済みの幼女口調で話しかけた。
 相手を選んでいるとはいえ、いまのところ撃墜率100パーセントを誇る新兵器。ひょっとしたらこれだけで食べていけるやもしれぬ。
「ほれ、食べな」
 わしゃわしゃと髪をかき混ぜられながら、酔っ払ったダメおやじがご機嫌取りに買ってきたお土産みたいな包みを受け取った。
 そう、受け取ってしまったのだ。
 その中身、よくわからないタコなしタコ焼きみたいな食物を胃に収め、どんどん返品が利かなくなっていく最中に話を切り出された。
「コロナ。あんたさ、魔法、使えるんだろう?」
 もしゃもしゃ食べながら頷き返す。
 マラネロは、そっか、と眉根を寄せて呟いて、黙りこんでしまった。その目は遠くへ、いや、むしろ自身の内側へと向けられているように見える。どんなバカでもこういう目をしているときは本人なりに真剣なので、ほうっておくのがいい。もちろん彼女がバカだという意味ではないのであしからず。
 ところでペーパードライバーでもプロのレーサーでも、車を運転できるという表現に違いはなかったりする。初めて杖を手にした魔法資質ありの素人と教導隊のエースでも、やはりそれは同じこと。看板がそっくりでも実態はかけ離れたものだったという話は、その辺を見渡してみればしばしば見受けられる。そしておれの場合、どれほど基準を緩くしたところでヘボ集合に含まれてしまう。
 可能と不可能の間には天地ほどの開きがあるのだろうが、可能な人間というカテゴリ内でのピンとキリには、地球とアルファ・ケンタウリくらいの差があったりするのだ。距離的にも、大きさ的にも。だから魔法が使えると答えてしまったことに対して、ちょっとだけ罪悪感を覚える。詐欺師もこのくらいは感じるだろう、というほど少量ではあったけれど。
「ごちそうさまでした」
 マラネロのしかめっ面を眺めているうちに、昼食はなくなってしまった。代わりにお腹はしっかりふくれており、このまま昼寝でもすれば世界でいちばんの幸せ者になれる自信がある。
 もちろん幸せ者になれるはずがなかった。
「よっし。じゃあちょっとついて来な。ここでの生き方を教えてやるから。あー、えっと、デバイスだっけ? とにかく魔法が使えるように準備しておくこと」
「はーい」
 と答えて、物干し竿を回収してから、背の高い後ろ姿を追いかける。
 グループに拾われたのは昨日なのだが、さっそくお仕事だ。いくら同情から拾った子供であっても、タダ飯食らいを置いておく余裕はない。
 何をさせられるかはまだ聞いていないが、たぶん管理局とそれほど違いはないと思われる。ならば少々タイヘンでも、負う責任の小さいこちらの方がよいといえるでしょう。



 ヤクザ屋さん社会の構図は箒型にあらず。ピラミッド型である。
 頂点の組織を治める王と、複数の下部組織を治める部下たちがいて、さらにその組織の下にも類似した構造が段々と積み重なっている。年若い子供たちで構成された"グループ"はその中でも下層の下層、組織に正式に組み込まれてすらいない、上からかかる重量が一番厳しい位置に存在しているらしかった。
 もともと貧弱である収入を容赦なく吸い上げられれば、手元に残るのはスズメの涙ほどの小銭だけなので、日本でコンビニの店員をやっている学生の方がよほど裕福な生活を送っている。だというのにグループの皆がこの状況に甘んじているのは、ひとえにまっとうな社会に適応できない―――するつもりがないからだった。
 親がいないから。まともな幼少期を送ってこなかったから。これらは言い訳にすらならない。
 社会の一員としての責任を果たしてまっとうな生き方をするか、怖い怖い本職の方々に搾取されて、果ては自分もその一員となるか。どちらを我慢するか天秤にかけて、後者を選んだだけのことなのだから、現状を嘆くのは甘えだろう。
 しかしそれを責めるつもりはないし、そもそも責める権利などおれにはない。なぜならおれは元大学生。日本という裕福な国の裕福な家に生まれ、働くか進学かという二択を迫られ後者を選んだ典型的な学生だ。もちろんアクションゲームの強制スクロールは大嫌い。でも逆らって壁にはさまり圧死する勇気もないので、学生生活という執行猶予が過ぎれば素直に働くつもりではいた。
 そんなダメ人間の前に、
「お疲れさん、コロナ」
「えへへー」
 一般人相手に適当に魔法を放つだけで最低限の生活が保障されるという環境が差し出されたら、そちらに流されるに決まっているのだった。
 ……いつかは報いを受けるだろう。それが逮捕なのか、大けがなのか、あるいは死なのかはわからない。きっとその時、おれはみっともなく泣きわめいて無様をさらす。その姿を思い描くと、
「やばい。興奮してきた」とおれ。
「マゾめ」と王冠。
「ん? なにか言った?」とマラネロ。
 場にいた他の面々からもちらりと視線を向けられて、なんでもないよと手を首を振る。この分だと擬態が見破られるのもそう遠くない未来かもしれない。
「いやー、それにしても魔法ってのは便利なもんだね。あんなに鬱陶しかったバカどもが虫みたいにコロッと倒れるなんてさ、魔法みたいだ。あ、魔法なのか」
 携帯端末と社会的に信頼のある個人識別票――日本でいう運転免許証のようなもの――を今日の獲物から回収し終え、マラネロがいう。
「それに見た目も、なんだい? あの虹色の光は。魔法っていうのはあんなもんだった?」
「んー?」
 なに言ってるのかよくわかりませんよ、という意味をこめて首をかしげておく。
 質量兵器が禁止されて久しいこの世界、魔法を使えるということは、拳銃以上の近代兵器を所持するのと同じ程度の力があると思われる。
 この体は平均よりも魔力があるようだが、所詮その程度。戦略兵器みたいな人たちと比べれば、豆鉄砲もいいところ。しかし豆鉄砲あっても、使えない人からすれば十分な脅威になるのだから、大きな組織がこぞって魔導師を集めようとするのは理解できる。
「さて。じゃあ親分への報告は他のやつらに任せて、あたしらは帰ろっか」
 初めて聞く単語が出た。
「おやぶん?」
「あたしらを使う人なんだけどね。今日のオシゴトもその人の命令なのさ。最近このあたりでヤンチャしてるガキを躾けておけって。でもまあ、安心しな。こういうのは少ないんだ。普段は物を運んだり、情報集めたりのパシリが主な仕事だよ」
「ふーん」
 なるほど。
 その一環として、自分たちの縄張りで残飯あさりをしていた小娘を囲んだのか。
「あんたには少し難しかったかな? ま、しばらく魔法の出番はないってこった。ほら、行くよ」
「はーい」
 "は"の発音は"あ"と"は"の中間くらいを維持するのがポイントだった。
 不意に、頭の上で王冠が何やら言いたげに震えたので、歩く速度を緩める。前を行くマラネロから少し距離を取って、
「そうだ。王冠、円周率の計算終わったか?」
「終わるわけないだろ? 五千万桁で面倒になってやめたよ。復唱する?」
「いらん」
「そう言うと思ったから実は五桁しか計算しなかった。そんなことより、コロナ、あんまり魔法で暴れない方がいいと思うんだけど。おまえの魔力光目立つし、さっそく不審に思われてたじゃないか。こんなんじゃすぐに捕まるよ?」
「それにしたってだいぶ先だろうし、だったらそれはそれでいいかもな」
 状況が安定するとボロを出しにくくなりそうだ。ならばめちゃくちゃに振り回すのも、選択肢の一つに入れていい。
「コロナ、おまえね……。つい数時間前まで管理局は嫌だって言ってたのに」
「我ながら呆れるほど気分屋というか山の天気というか。でも実際、今はそう思っているんだから仕方ない。明日は聖王教会がいいとか言い出すだろうから、華麗にスルーしてやってくれ」
 なぜか王冠は、おれが管理局や聖王教会に近づくのを嫌がっている節がある。だから今日から定期的にこのような話題を振って、時には実際にそれらしく行動してみるのも効果的かもしれない。
 相棒ではあっても適度な緊張感で暮らしイキイキな二人の関係なのだった。

◆◇◆

 さて、バカな主従がバカなやり取りをして暮らしイキイキな感じだった頃。
「フェイトさん。あまり根を詰めすぎて体を壊しては元も子もありません。お願いですから、一時間でも仮眠を取ってください」
「でも、あの子はきっと今も泣いている。早く助けてあげないと―――」
「ですから! それで倒れたら何の意味もないと……!」
「私は……、まだ大丈夫。ティアナこそずいぶんと無理してるよ」
「しないわけないでしょう! ……すみません」
 フェイトとティアナはほとんど不眠不休で、二人揃って目を血走らせて捜査に当たっていた。
 もちろん、そんな恐ろしいことをバカ二人は知りもしないのだった。



モドル