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 リーディング。
 プロジェクション。
 自分に備わった二つの超感覚能力。それらを説明するために語られた、幾多の奇蹟。
 わたしがいまここに生きているのは、数え切れないほどの幸運が、まるで夜空に星々が輝くように奇蹟的な連なり方をしたからに他ならない。



 父さんが帰ってきた翌日、家族三人で出かけることになった。花見をしにいこう、と。少しおどけたようにいった父さんの表情を見て、なにか大事な話があるのだろうということは見当がついていた。
 そう。
 このとき表情を見て見当がついたと思っていたのだけれども、それだけではなかったことを、わたしは知ることになる。
 人の心を色として読み取るのがリーディングである。
 自分は他人よりも勘や観察力がいいと思っていた。しかし、それらの正体はESP能力であったのだ。
 母さんは、苦しげに語った。
 自分がまっとうな生まれ方をしなかったことを。
 自分がまっとうな人間として生まれなかったことを。
 そして、その力が娘であるわたしにも受け継がれ、それが原因となり人との関わりを厭うようになっているのであろうことを。
 それらに衝撃を受けなかったといえば嘘になる。だけれども、より大きくわたしの心を揺さぶったのは、語る最中の母さんの様子だった。
 母さんはまるで臆病な少女のように―――いや、事実臆病なのだ、人間なのだから―――手をぶるぶると震わせて、しかしその手を握ろうとした父さんの手を拒み、最後まで独りで言葉を紡ぎきったのだ。
 今度こそ、その表情と声だけで理解した。
 ―――ああ、この人はわたしと同じなのだ。
 しかもこの人は人間嫌いなわたしよりも重度の、人間が怖いという域にまで達しているのだろう。
 当たり前だ。
 戦争のために生まれてきて、道具として扱われ、だというのに自分を作った人たちに怯えられながら生きてきた。それは、わたしごときではどんなに正確に想像できたとしても決して現実には及ばないような苦しみを伴う経歴に違いない。
 父さんに出会うまで、母さんには誰もいなかったのだ。
 続けて父さんが語った、父さんや母さんを生かすために自らの命を差し出した昔の仲間たちの話。そして、遺体も存在しないその人たちが眠る地こそが、目の前にある桜の木であるという事実。
 だとすれば、母さんが父さんと出会い、二人ともが生き残り、戦争から解放され、いまここにわたしがいることの、なんと得難い可能性であったことか。
 わたしには最初から支えとなってくれる両親がいたことの、なんと幸福な奇蹟であったことか。
 わたしが父さんと母さんの心を読んだのか、それとも単なるもらい泣きなのか、そんなことはよくわからない。だけれども、心の中がぐるぐる渦巻いて、行き場のない嵐のような感情が、きっと涙となって外に出たのだろう。
 思えば両親に抱きしめられるなど随分と久し振りで、常の自分であれば赤面して文句をいいつつその腕から逃れたのであろうけれど。
 このときばかりはとても心地よかったことを、わたしは一生忘れないと思う。

 生まれてきてよかった。



 泣き疲れて寝息を立て始めた娘を見て、武と霞は目を細めた。
 柔らかい風が吹き、銀の髪を優しく梳る。
 娘が自分たちから巣立っていくのか。
 自分たちが娘から巣立っていくのか。
 親としての大仕事を終えほっと一息、どちらともなくついてから、武が口を開く。

「調子に乗って話したはいいけどなぁ……、これ、バレたらオレたち大目玉どころじゃないぞ」
「……はい」

 オルタネイティヴ計画は、その詳細を知る人間の数は至って少ない。しかも、数え上げればその数字がほとんど正確にわかるほど厳重に情報を統制されている。それは計画が現役であった時代も現在も、なんら違うところはない。
 オルタネイティヴ第四計画の中核を務めた二人であっても、部外者に口外したことが発覚すれば、洒落や冗談ではすまないレベルの処罰が確実に下る。
 教えた側がオルタネイティヴ計画を知るほどの重要人物であってもそうなのだ、教えられた一般人の運命など語るまでもない。
 直前までのメロドラマがごときやり取りなどいまや昔。大人二人と抱えられた一人は、そそくさとその場を辞すことになったのだった。
 それを苦笑しながら見送る者がいるとすれば、それは桜並木だけだろう。
 やっぱりタケルちゃんだ、なんて笑う気配を武が背中に感じたかどうかは、彼だけしか知らないことである。



「わたしは軍人になるぞぉぉぉ!! クララァァァ!!」
「それ、まえから聞いてるよぅ。スーパー救急自宅防衛超戦隊Zだっけ?」

 なんか知らない間にとんでもなくパワーアップしていたが、もはやそれは滅びた軍。負け犬に興味はない。わたしは父さんとU子せんせーのコネを使って、国連軍でのし上がり、熱く生きるのだ。
 最初の頃こそ戸惑ったが、ESP能力も便利だといえば便利である。わたしは母さんとは違うやり方で異能との共存関係を築き上げてみせる。そうして母さんを安心させてあげるのだ。
 それでも疲れたときは、クララをつつきに戻ってくればいいだろう。どういうわけか、クララにはリーディングもプロジェクションもあまり効果がないようで、長い付き合いもあって、一緒にいて心安らぐ相手なのである。
 もちろんうささんの恨みは絶対に忘れないけれど。

「―――あ。進路調査の用紙、ボールペンで『自宅防衛軍』って書いちゃってるから消せないや」

 そのまま提出して、あなたはお父様の帰ってこられる家を守りたいのですね、素晴らしい家族愛を見せてもらいました、なんていわれてげんなりすることになるが、それはまた別の話である。



 そして季節は巡りめぐり、桜が咲き誇る季節がまたやってきた。
 処は極東国連軍横浜基地の衛士訓練校。
 年を追うごとに数を減らしつつある訓練兵たちを前にして、教官となる軍曹があからさまに作り物めいた意地の悪い笑みを浮かべていた。

「私は今日から貴様らの教官となる、涼宮茜軍曹である」

 それから一度、立ち並ぶヒヨコたちを眼光鋭く眺め渡し、

「まず最初に言っておく。私は貴様らを出自、主義、思想などによって差別しない。なぜなら貴様らは皆平等にウジムシにも劣るからだ。クソにたかるゴミクズどもには平等に価値がないからだ。覚悟しておけ。貴様らをたっぷり可愛がって、決して笑ったり泣いたりできないようにしてやる」

 よく通る強い声だった。
 それから彼女は訓練兵たち一人一人に何度も何度も大声で自己紹介させる。その度に律義に罵倒することも忘れない。
 何人もが屈辱に震える中、ついに銀髪の目立つ少女の順番が。
 少女は大きく息を吸って、

「白が―――」
「ほう、貴様が白銀か」

 遮るようにいって、茜は一瞬だけ遠くを見るように目を細めた。
 訓練兵の制服にすら着られるような少年少女らの群がざわめくが、泣く子も黙る鬼軍曹に戻った茜はそれを一睨みで黙らせてから言葉を発する。

「さっそくだが先ほどの発言を撤回する。貴様だけは特別扱いしてやろう。なにせ月面基地司令 白銀武准将と副司令 香月夕呼博士の連名で、思う存分可愛がってくれとの命が下っているからな」
「な、なんだってー!?」
「誰が発言を許した! 腕立て百回だ! 隣の奴、白銀訓練兵の背中に乗ってやれ! どちらの隣かわからないだと? ならば二人とも乗れ……!」

 自宅防衛軍入隊計画の漏洩と同じ経路で、コネによる成り上がり計画があっさりバレて、月の二人にも伝わっていたことに少女が気づくのは、残念ながら彼女が立派な軍人となってからのことであった。
 どれほど覚悟を決めようと、少女は変わらず迂闊なままだったし。
 やっぱり今日も、いつかと同じように空は青いままなのだった。




モドル